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吉川八幡宮(国指定重要文化財)・吉川八幡宮当番祭(県指定重要無形民俗文化財)


印刷用ページを表示する 掲載日:2016年12月12日更新

京都の石清水八幡宮の別宮として、平安時代中期に創建されたと伝えられる国指定重要文化財です。当番祭は県下三大祭りの一つであり、約1ヶ月続き、大祭のハイライトは、白装束の当番様による「走り競べ」です。

祭神 應神天皇、仲哀天皇、神功皇后

吉川八幡宮

開催日

 毎年10月1日~下旬 (大祭は第4日曜日)

内容

吉川八幡宮で毎年10月1日から10月下旬まで1ヶ月近く続く秋の大祭で、古代から伝承された民衆的な祭りでもあり、日本的な感傷やユーモアを祭りの全体を通して伺い知ることができる文化的価値の高い祭りです。
当番祭とは「訪問する最初の祭り」という意味であり2社以上の八幡宮の氏子互いに訪問し合い、氏子の反映と豊穣を神に祈り同族の絆を深める祭りです。
祭りは「当ざし」という神事で吉川地区の男児(10歳前後)を神社の南北から1人づつ選ばれた候補者の氏名を書き込んだ紙片を丸めて三宝にのせ、宮司祝詞を奏でながら御幣によってつり上げ、当人を決めることから始まります。
10月第3土曜日には「垢離(こり)とり(心を守る)」で当番が神人になり、後日神の降臨をあおぐ「はくけ」という工作物を当番の家の庭に作り、古式にのっとり諸神事を行います。
第4土曜日が宵祭、第4日曜日に大祭が行われ、当家で着飾った馬に乗った当番を中心とした行列が神社に参拝し祭りのクライマックスである「走り競べ」の行事を行います。大祭翌日の「はくけあげ」の神事で昇神し、当番が俗人にかえり、祭りが終わります。

吉川八幡宮当番祭

吉川八幡宮の歴史・経過

歴史・経過一覧表
時代西暦和暦出来事
 平安1096年 永長元年 現在の吉川地区に社地を築き社殿を造営、まもなく石清水八幡宮の別宮となる
 安土桃山1574年 天正2年 社頭並びに寺院が焼失
 1592年 文禄元年 豊臣秀吉三百六十五石を八幡宮に寄進
 1600年慶長5年慶長年中領主木下家の祈願所となる。 
江戸1604年 慶長9年木下肥後守の資金による社務所の修理
 1712年 正徳2年 社の大改修(肘木、組物等大部分が現在も残っている)
 1750年 寛延3年 隋神門建立
 1801年 享和元年 徳川幕府の直轄となる
 1828年 文政11年 一橋家の所領となる
 明治1869年 明治2年 神社分離により神護寺に仏体に属する物を移動
 1901年 明治34年 村社から郷社になる
 大正1925年 大正14年 特別保護建造物に指定
 昭和1926年 昭和元年 本殿神饌所建設
 1927年 昭和2年 本殿玉垣建設
 1928年 昭和3年 郷社から県社になる
 1950年 昭和25年 国指定重要文化財となる
 1955年 昭和30年 当番祭が県重要民俗資料に指定
 平成2000年 平成12年 吉川八幡宮保存修理工事が行われる

 所在地

吉川八幡宮所在地:吉備中央町吉川3932